平和な世界の diary

みなさんの平和を願います

年月は人を変える

 

あれだけ好きだったすき焼きの牛脂に箸を伸ばすことが少なくなり、チョンボをしたら「ごめんね」と、自らの過ちを認め謝れるようになり、そしておごられることが少しだけくすぐったくなった。

 


 

 

貰う物は夏も小袖。かつてはゴチと聞けば目の色が変わった。「ウヒョー!」、美味しんぼの富井副部長のような奇声をあげながら、明日の分のカロリーも補充してやるぐらいの勢いで片っ端から口に放り込んだものだ。

 

 

 

しかし、今はおごられるよりおごりたい。厳密に言えば、おごりたいのではなく、おごられるよりもおごる方が楽だと感じるようになったのだ。

 

 

私が出す、いやオレが出す、いやいや今日こそ私が出す…。

 

 

 

幼き頃、周囲の大人たちが自分で払いたがる理由がどうしてもわからず、練乳をかけたイチゴなんぞを頬張りながら、そのやり取りをアホ面で眺めていた私だが、あの頃の大人に近い年齢となり、なるほどようやく理解した。

 


 

 

 

 

 

そうか

 

 

 

 

 

 

 


おごる方が楽なんだ…。

 

 

 

だから、黙って1万円札を差し出した。年下の2人と軽く食べて、軽く飲み、お会計の際にその内の1人に「これで払ってこい」と1万円札を手渡すと、彼は怪訝そうな顔をしたままうつむいた。

 


 

 

年下とはいえ、彼も三十代後半。せめて割り勘で…ぐらいに思っているのかもしれない。だが、いいじゃないか。素直におごられるのも年下の努め。「いいからさっさと払ってこい」、今度は強い口調で伝えると、

 

 

彼は申し訳なさそうに、

 

 

 

 


 

 

「あの、2千円足りないんですけど…」とつぶやいたのだった。